概要

我々は東京・大阪の2ロケーションに跨って1つのチームを形成してアプリケーションフレームワーク開発をしています。 東京・大阪に跨ってリモート開発をするためにいくつものツールを活用したり、コミュニケーションに工夫を凝らしています。

本ドキュメントは我々の経験をもとに、リモート開発に役立つ情報を簡潔にまとめました。

これからリモート開発を始めたいチームは、是非本ドキュメントを活用してください。

はじめに

本ドキュメントはリモート開発を円滑に進めるために必要となるマインドセットと、そのマインドセットを実際の行動に移すためのプラクティスをまとめたものです。

背景

少子高齢化が進む中、政府は一億総活躍社会の実現に向けて「働き方改革」を打ち出しています。 「働き方改革」では長時間労働の是正や、多様な働き方の実現が謳われています。

各企業でも「働き改革」への積極的な取り組みが行われ、今後ますますリモート開発をする機会も増えてくるでしょう。

我々は以前から東京・大阪の2拠点でリモート開発を実践していますが、上記のような取り組みを推進するため、リモート開発に関する知見をまとめて公開して広く共有することが本ドキュメントの目的です。

我々のリモート開発

前述の通り、我々は東京と大阪に分かれてリモート開発を実施しています。 メンバーの入れ替わりもありますが、5~10人程度のチームを維持してスクラム開発をしています。

このように東京・大阪の2ロケーションに跨ってアプリケーションフレームワーク開発を行ってきた経験をもとに、リモート開発に必要なものは何かを考え、整理しました。

以上のような経緯のため、本ドキュメントが提供する情報は複数ロケーションに跨るリモート開発で役立つものという視点で書かれていますが、在宅勤務の場合でも同じように役立つと考えています。 実際に2018年のテレワークデイズでは我々も大半のメンバーが在宅勤務をしましたが、大きな困り事は無く仕事を進められました。

リモート開発のメリット

リモート開発は社員を場所の制約から解放します。

我々の例で言えば、ロケーションの制約を受けずに要員をアサインできます。

また、在宅勤務という視点で考えると次のようなメリットがあります。

  • もともと通勤に使用していた時間を家事や趣味に充てられる
  • 様々な事情から都心に出られない地方の人材も一緒に働ける

リモート開発の難しさ

上記のようにリモート開発はメリットがありますが、オンサイトの感覚でいると成功しません。

複数ロケーションに跨って仕事をするメンバーが1つのチームとしてまとまるには、それなりの難しさが伴います。

オンサイトではカジュアルに行える次のような事項が、リモート開発では簡単には行きません。

  • 隣のメンバーにちょっと声をかける
  • メンバーを集めてホワイトボードの前でミーティングをする
  • タスクを付箋に書き出してメンバーをアサインする

本ドキュメントに書かれているマインドセットは、こういったリモート開発の難しさを解消するために試行錯誤した中から生まれたものです。

リモート開発に向いている仕事・不向きな仕事

我々が上手くリモート開発を実践出来ていることから、アプリケーションフレームワーク開発の仕事はリモート開発に向いていると言えます。

リモート開発に不向きな仕事は、ロケーションに制約があるものです。 例えば次のような仕事はリモート開発に不向きです。

  • お客様先へご訪問する仕事(営業・要件定義など)
  • 本番環境へのアクセス等、特定の場所で行う仕事

リモート開発に必要なマインドセット

チーム内のメンバーが複数ロケーションに分かれてリモート開発をする場合、単にロケーションが分かれたというだけでなく様々な事が同一ロケーションに全メンバーが居る場合とは異なってきます。

ここではリモート開発をするにあたってメンバーが心がけるべき事をいくつか挙げて解説します。 ここで示すマインドセットを意識することで、リモート開発がスムーズに進められます。

1.存在感を出す

1つのロケーションで全員が集まって作業をしていると声や表情など、意識しなくても様々な情報をチームのメンバーへ発信しています。 複数のロケーションに跨るリモート開発ではこれらの情報は伝わらないので、遠隔地に居るメンバーへ存在そのものを感じてもらいにくくなります。

オンサイトではそこに居るだけで存在感が出ますが、リモート開発では意識的に存在感を出すように心がけましょう。

2. コミュニケーションをデジタル化する

ホワイトボードや付箋などのアナログなコミュニケーション手段は直感的で使いやすいですが、オンサイトですぐそばにメンバーが居ないと成立しづらいものです。

リモート開発ではITを活用して、デジタルなコミュニケーション手段を取るようにしましょう。

3. 情報共有のために記録する

リモート開発ではメンバー間でロケーションが異なるのは勿論のこと、勤務時間が異なる場合もあります。 そういった場合、場所と時間を越えて情報を共有するために、物事を記録することが重要です。

記録の種類や方法もいくつかあるので、記録したい情報に合わせて最適な手段を選択しましょう。

4. コミュニケーション手段を使い分ける

リモート開発ではチャットが主なコミュニケーション手段になりますが、他にもメールやTV会議・電話などのコミュニケーション手段があります。 これらのコミュニケーション手段は、それぞれ長所・短所が異なります。

いくつものコミュニケーション手段の長所・短所を把握して、適切に使い分けましょう。

5. なるべくロケーションで仕事を分けない

異なるロケーションに跨るチームで仕事を進める場合、ロケーション別に仕事を分ける方法、あるいは分けない方法の2種類が考えられます。 どちらの方法が良いかは仕事の内容や状況によって異なりますが、我々は1つのチームで同じ仕事を推進することがリモート開発のあるべき姿だと考えます。

なるべくロケーションで仕事を分けない方が望ましいですが、状況を見極めて適切な方法で仕事を進めるようにしましょう。

6. 慣れないうちは単独リモートを避ける

様々な事情からロケーション間で人数の振り分けが1人:その他全員となる状況もあるでしょう。 ただし多人数側は自ロケーションでチームが構成されているように感じてしまい、リモート開発をしていることを忘れてしまいがちです。

チームがリモート開発に慣れていないうちは、誰か1人が単独になってしまわないよう、注意しましょう。

マインドセットを実行に移すためのプラクティス

ここではマインドセットを具体的な行動に移すためのプラクティスを解説します。

「1. 存在感を出す」に対するプラクティス

チャットで「独り言チャンネル」を運用する

「独り言チャンネル」とは、各メンバーに用意する自分専用のチャンネルです。 チャンネルはオープンにして誰もが見られるようにしておきます。

そこには「これからやろうとしていること」や「やってみて感じたこと」、「難しくて詰まっているところ」など、どんなことでも良いので不定期に書き込みます。

こうすることで他のメンバーへ対して存在感を出せますし、「難しくて詰まっているところ」を素直に呟いてみると解決策を知っているメンバーが助け舟を出してくれたりします。

我々も「独り言チャンネル」を運用する前は、他方のロケーションに居るメンバーが今何をやっているのかが把握し辛く、一緒に仕事をしている感覚が薄くなりがちでした。 「独り言チャンネル」を運用し始めたことでコミュニケーションが活発になり、各メンバーの存在感はもちろん、それぞれの個性も分かるようになりました。

上記の他にも「打ち合わせで1時間ほど離席」や「5分休憩する」といった発言をする事も、行動を見える化できるのでお勧めします。

世間では「分報チャンネル」という名前で実践されているものに近いですが、過剰に義務感を与えないために我々は「独り言チャンネル」という名前にしています。

チームを越えて部門や会社といった単位でチャットを使用している場合、すべてのアカウントがそれぞれ独り言チャンネルに投稿をすると通知が大量になってしまうので普段から目にする独り言チャンネルは絞りましょう。 例えばSlackだと次のような方法で工夫ができます。

  • 参加していないチャンネルの通知は来ないので、チームメンバーの独り言チャンネルには参加して、チーム外の独り言チャンネルには参加しない
  • 参加しているチャンネル毎に通知をミュートできるので、チーム外の独り言チャンネルは通知をミュートする

    TV会議ではマイクの位置に注意して話す

    TV会議はオンサイトで話をしている場合とは異なり、マイクを意識して話す必要があります。 マイクから離れていたり、顔をマイクの方向に向けていないと声は拾われません。 マイクを通さないとTVの向こう側には声が届きませんので、声が拾われないと存在感が出ません。

    また話しているのが誰か分かりやすいように、話をしている人は身振りをしたり喋り始める時に体をカメラに向けるなど、動きを付けてみましょう。

    聞いている方もただ黙って聞くのではなく、「はい」「なるほど」「分かりました」という風に相槌を打ちましょう。 もしくは首を縦に振って同意を示す、という風にリアクションをしましょう。

    マイクにノイズを拾わせないようにする

    マイクの位置に注意して話すことで存在感を出すのは良い事ですが、同時にマイクを通して届いてしまうノイズにも注意しましょう。

    • キーボードの打鍵
    • ノートをめくる
    • 飲み物を机に置く

    これらをマイクのすぐそばで行うと、その音をマイクが拾ってしまい思った以上のノイズになってしまいます。

    議事録を担当する場合は少しマイクから離れてみたり、飲み物を机に置く場合はゆっくりと静かに置くよう注意してみてください。

    ■TV会議では同時に複数の話題をしない

    会議ではふとしたタイミングで数人毎に分かれて雑談が始まる場合もあります。

    オンサイトであればあまり気になりませんが、TV会議は音が平面的に届くのですべての話題が同じように耳に入ってきてしまい、苦になります。

    TV会議では同時に複数の話題をしないように注意しましょう。

    「2. コミュニケーションをデジタル化する」に対するプラクティス

    Webサービスやオンプレミスに導入可能なソフトウェアを活用する

    コミュニケーションをデジタル化するためには、コミュニケーションに特化したツールを使用するのが良いでしょう。 そういったツールにはWeb上でサービスとして提供されているものや、オンプレミスに導入可能なソフトウェアがあります。

    我々が実際に使用してみて有用だった物を紹介します。 次の表ではWeb上でサービスとして提供されているものを「Webサービス」、オンプレミスに導入可能なソフトウェアを「ソフトウェア」と分類しています。

    役割 名前 種類
    チャット Slack Webサービス
    チャット Rocket.Chat ソフトウェア
    情報共有 Knowledge ソフトウェア
    コードレビュー Upsource ソフトウェア
    タスク管理 RedmineのBacklogsプラグイン ソフトウェア

    ■チャット

    チャットはWebサービスとソフトウェアの両方を紹介しています。 Slackをお勧めしますが、組織の都合でWebサービスの使用は難しい、といった場合はソフトウェアであるRocket.Chatを試してみてください。

    チャットで工夫している使い方を1つ紹介します。 我々はタスクの見積もり方法にプランニングポーカーという手法を採用しています。 プランニングポーカーの詳細はプランニングポーカー・オブジェクトゲームでアジャイルゲーム!~Agile 2011 Conference(外部サイト)を参照してください。

    我々は複数ロケーションに跨った環境でプランニングポーカーをするためにSlackのリアクションを使用しています。 Slackにタスクの名前をポストして、掛け声に合わせてメンバーが一斉に:one: :two: :three: :five: :eight:といった数字のリアクションを付けます。 この数字のリアクションでプランニングポーカーを実施しています。

    ■情報共有

    Knowledgeはマークダウンで書いて投稿できる情報共有ツールです。

    我々は開発環境構築ガイドやリリース手順といった資料や、打ち合わせの議事録をKnowledgeへ投稿しています。 またチャット上で議論をするときも、概要や議論したいポイントをKnowledgeへ投稿しておいて、それを見ながら議論を進めることもあります。


    Knowledgeに書いたドキュメントの例

    ■コードレビュー

    UpsourceはJetBrains社が開発しているコードレビューツールです。

    同じJetBrains社が開発しているIntelliJ IDEAとの連携機能があるので、IntelliJ IDEAを使用しているとコードレビューがスムーズに行えます。

    WebのUIがあるので、IntelliJ IDEAを使っていなくてもUpsourceは使えます。

    大変便利に使えて、自信をもってお勧めできるツールです。


    Upsourceでコードレビューをしている様子

    ■タスク管理

    我々は開発手法にスクラムを採用しています。

    スクラムではタスクを細かい粒度まで落とし込みますが、そういった場合にRedmineのBacklogsプラグインで使用できるカンバンが便利です。

    またタスクを細かく分割して、悩まずに消化できるレベルまで落とし込むことで、自主的にタスクを取って作業を進められます。


    カンバンの例


    バーンダウンチャートも見られる

    「3. 情報共有のために記録する」に対するプラクティス

    短期的な記録はチャットで行う

    チャットは会話のようにリアルタイムなコミュニケーションをするためのツールですが、オンサイトの会話と異なりテキストデータがログとして残ります。

    リアルタイムなコミュニケーションのため相槌も記録されますし、感情を表すため感嘆符だけの発言やアスキーアートもログには含まれるでしょう。

    このように、その場の空気感を含んだやり取りは短期的な記録としては有効です。

    長期的な記録は議事録を作成する

    短期的な記録としてチャットが使えることを示しましたが、ずっと後から見返す場合、空気感はむしろノイズになることがあります。 また、チャットはすぐに流れていくので過去の記録を探し出すのは大変です。 実際に我々もチャットのログに頼ることで、かえって情報共有が難しくなった経験をして、議事録を残すようになりました。

    長期的な記録はそれらノイズを取り除いて、要点を整理した形で議事録を残しましょう。 チャットは流れてしまうので、チャットとは別の場所に作ることを推奨します。

    我々はKnowledgeに記録することが多いです。

    「4. コミュニケーション手段を使い分ける」に対するプラクティス

    普段の会話にはチャットを使う

    ベースのコミュニケーション手段はチャットにするのが良いでしょう。 チャットは気軽に読み書きできますし、直近の会話がログとして残るので会話の流れが追いやすく、メンバー間の情報共有が行いやすいです。

    また天気の話や趣味の話題など、他愛もない雑談をするのにも適しています。

    1対1で会話しながら話題を整理するために電話を使う

    チャットで議論はできますが漠然としたアイデアを話し合って整理するには、よりリアルタイムにインタラクティブなコミュニケーションができる電話の方が向いている場合があります。

    ただし電話はチャットと異なり、ログが残りません。 電話が終わったら忘れないうちに話し合った内容と結論をチャットや議事録に記載しましょう。

    多人数で話題を整理するためにTV会議を使う

    電話は1対1のコミュニケーション手段です。 より多くのコミュニケーションでアイデアを整理する場合は、TV会議を使用しましょう。

    TV会議は互いの表情が見えるので、オンサイトに近しい感覚でコミュニケーションが行えます。

    電話の場合と同じくログが残らないので、TV会議が終わったら話し合った内容と結論をチャットや議事録に記載しましょう。

    チーム外に連絡するためにメールを使う

    チーム外へ連絡する場合は普段使っているWebサービスやソフトウェアは使えない事が多いでしょう。 その場合はメールを使いましょう。

    またチーム外への連絡手段として電話を使える場合でも記録を残すという観点から、メールでも電話で話した内容と同じものを送付するようにしましょう。

    「5. なるべくロケーションで仕事を分けない」に対するプラクティス

    しっかりタスク分割ができる場合はロケーションで仕事を分けない

    タスクを作業レベルに細かく分割できる場合、複数ロケーションで1つのテーマに取り組みましょう。

    タスクが作業レベルに分割されていると、メンバーが自主的にタスクを取って仕事を進めやすいです。

    細かいタスク分割が難しい場合はロケーションで仕事を分ける

    細かい粒度でタスク分割が出来ない場合、ロケーション単位で大きなテーマを割り当てても良いでしょう。

    各ロケーションで大きなテーマを荒い粒度のタスクに分割して作業を進めます。

    「6. 慣れないうちは単独リモートを避ける」に対するプラクティス

    単独リモートになる場合はリモート開発をしない

    多くのメンバーがリモート開発を体験して、慣れていれば問題はありませんが、慣れないメンバーしかいない場合はリモート開発をしないということも選択肢の1つです。

    まずはオンサイトでリモート開発に適したツールを使用してみるのも良いでしょう。

    • チャットに慣れてみる
    • 議事録をKnowledgeで残す習慣をつける
    • Redmine Backlogsプラグインのカンバンを使用してタスク管理をしてみる

    このようにツールに慣れておくと、スムーズにリモート開発へ移行できるでしょう。

    リモート開発をしていることを常に意識する

    1対多に分かれる場合、「多」の方がリモート開発を常に意識するべきです。

    • 口頭で連絡した後は、チャットや議事録に転記する
    • TV会議で多人数の方だけで盛り上がらない
    • タスクの割り振りや指示が偏らないようにする

    すべてのロケーションで1つのチームであることを強く意識して、情報共有をしましょう。 情報共有が密にされていると、疎外感はありません。


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