はじめに

ここでは、新規事業立ち上げのプロセス「ステージ・ゲートプロセス」における「企画立案ステージ」を解説します。



※上図の各ステージをクリックすることで対応記事にジャンプできます。

新規事業立ち上げの全体概要を掴みたい方は、まず新規事業開発 ― ステージ・ゲートプロセスによる新規事業立ち上げを一読頂くことをお勧めします。

企画立案ステージとは

企画立案とは、「誰」のどのような「課題」をどのように「解決」するのか、といった事業アイデアの骨子を検討するフェーズです。
事業アイデアを具体化し、課題が本当に存在するか、解決策が適切かを検証するための準備をします。

アクティビティ 概要
企画検討 「誰」のどのような「課題」をどうやって「解決」するのかを考えるアイディエーションのステップです。
チームビルディング 事業企画を推進するプロジェクトに必要なスキルセットを整理し、チームビルディングしていくステップです。
コスト計画(SPFまで) SPFまでの活動に必要なコストを洗い出すステップです。
企画審査準備 審査に向けて、ここまでの活動で検討/検証した内容を整理・統合します。
企画審査 審査観点に従って、企画を審査するステップです。

企画検討

概要

「誰」のどのような「課題」をどうやって「解決」するのかを考えるアイディエーションのステップです。

「アイデア」を発想する手法は一見ブラックボックス(≒センス)のように感じるかもしれませんが、いくつか体系化された手法があります。また、新規事業開発の目的や前提条件(目標売上高や目標時間等)によって、適した手法が異なります。

ここでは質の高いアイデアを生み出すための手法や検討ステップ、注意点をご紹介します。

実施手順

1. 新規事業開発の目的や前提条件を押さえる

新規事業を検討するとき、「自由に発想してください」と言われるとなかなかアイデアを出しづらいと思います。では、次のような前提情報があればいかがでしょうか?

  • 「自社が持つ技術を活用した事業を考えてください」
  • 「これまでと違い一般消費者向けの事業を考えてください」
  • 「5年後に売上高10億円達成できる事業を考えてください」

何も制約がないときと比べると、アイデアに求められる要件が明らかになり、アイディエーションがスムーズに進むようになると思います。このように、アイディエーションを始める前に、新規事業開発の「目的」と「前提条件」を押さえておきましょう。

もしも前提条件が何も決まっていない場合や、自分で決める必要がある場合、「顧客」や「ビジネスモデル」「成長モデル」「活用する技術」など、身近で考えやすい観点を用いて、ご自身の中で前提条件を作ることをお勧めします。ただし、前提条件を決めないままアイディエーションをする方が考えやすい方もいるため、前提条件は必須ではありません。

前提条件を検討する場合、ポイントは以下の通りです。

  • 新規事業開発の目的を仮置きする
    • 新たな顧客獲得による収益拡大
    • 成長速度の改革
    • 既存顧客の更なる満足度向上
    • 破壊的イノベーションの対策 等
  • 目的を達成するための条件を検討
    • 例えば、目的が成長速度の革新であれば、指数関数的な成長を目指し、プラットフォーム型のビジネスを前提条件としたりできます
2. 適したアイディエーションの手法を選択する

1で確認した条件などを踏まえて、アイディエーションの手法を選択しましょう。ここでは4つの手法をご紹介します。注意点として、手法は1つに限定する必要はなく、並列で利用されることもあります。大切なのは手法に囚われすぎず、まずはアイデアを沢山出してみることです。

  • マーケットドリブン
    • 市場や顧客が今抱えている課題から考える手法
    • 新規事業を通じて、幸せにしたい顧客や課題が抽象的でも決まっている場合はこの手法が適切
  • アセットドリブン
    • 自社の経営資源や強みで生み出せる提供価値や解決策から考える手法
    • 新規事業で活用したい自社アセットや他社アセットがある場合はこの手法が適切
  • ビジョンドリブン
    • 自社が目指したい姿を実現するための提供価値や解決策から考える手法
    • 新規事業を通して、自社のなりたい姿/あるべき姿を実現することを目的としている場合はこの手法が適切
  • ミッションドリブン
    • 社会や顧客が目指すべき姿との差分や今後抱えるであろう課題から考える手法
    • 新規事業を通して、社会の変化やそのリスクに対応することを目的としている場合はこの手法が適切
3. 選択した手法に応じた検討の進め方を実施する

4つのアイディエーション手法の最初の着眼点をご紹介します。
ただ、どのアイディエーション手法であっても、「どんな課題を解決するのか」「なぜ課題が生まれるのか」を検討し、「本当にその課題は(将来的に)存在するのか」を検証していきます。
アセットドリブンやビジョンドリブンで生み出したアイデアであっても、解決すべき課題は存在し、その解決方法は沢山存在するため、まずは課題の検証から着手することになります。

  • マーケットドリブン
    • 日頃相対している人や前提条件となっている顧客が何に困っているか考えてみる
  • アセットドリブン
    • 自社の経営資源や強みを起点に、世の中の不満を解決できないか考えてみる
  • ビジョンドリブン
    • 自社のなりたい姿や実現したい世界を考えてみる
  • ミッションドリブン
    • 社会の変化に伴って発生しそうな課題を考えてみる
4. 良いアイデアを選ぶ

アイディエーションで考え出した全てのアイデアをリーンキャンバスで整理することは現実的ではないと思います。そのため、多くのアイデアの中から検討を進めるものを選ぶ際には、「課題」または「解決策」に独自性があるアイデアを選ぶと良いでしょう。

社会や技術の変化に伴って、人々の悩みや価値観も大きく変わります。例えば、新型コロナウィルスによって、「接触」や「密」に関する課題や解決策が続々と出てきました。このように、まだ潜在的かつ有望な課題やニーズをいち早く捉えることがポイントです。

企画検討

企画検討

5. 簡易リサーチを実施し、アイデアに「根拠」を持たせる

上記のアイディエーション手法にはいくつかの種類がありますが、すべての手法に共通しているポイントがあります。それは、どの手法を採用してもアイデアの骨子となる「顧客」「課題」「解決策」の確からしさを客観的な視点で検証するという点です。初期構想の段階であっても、客観的な「根拠」があるのとないのとでは説得力が全く異なります。

アセットドリブンやビジョンドリブンのような内発的な発想手法であっても、アセットの競争優位性やビジョンの実現性は、市場動向や競合情報をリサーチしなければ、確からしさは評価できません。初期段階ではデスクリサーチや身近な人へのヒアリングを通じて、客観的な根拠を集めましょう。

6. リーンキャンバスにアイデアを記入し、言語化にチャレンジする

リーンキャンバスに含まれる9つのポイントの検討を進め、事業アイデアを整理・深掘りしていきます。まずは、下記の1〜9を固め、事業アイデアの骨子を作りましょう。

  1. 課題:どんな課題や困りごとを解決するか
  2. 顧客:誰を幸せにしたいか
  3. 独自の提供価値:どんな価値を提供するのか
  4. 解決策:提供価値を実現する具体的な機能やサービスは何か
  5. 顧客獲得チャネル:どうやって顧客にリーチするか
  6. 収益の流れ:どうやって収益をあげるか
  7. コスト構造:どんなコストがいくらかかるのか
  8. 主要指標:どの指標をKPIとして計測するか
  9. 圧倒的な優位性:優位性はどこにあるか

初めてアイデアをリーンキャンバスに落とし込んでみると、思ったよりも各項目を言語化するのが難しいと感じるでしょう。
アイデア出しの段階では、課題や顧客、提供価値などが多少抽象的であっても事業の方向性を説明できました。
しかしそれらを抽象的にしたままでは、特に最後の圧倒的な優位性を説得力のある形で表現するのは困難です。

誰が聞いても説得力のある圧倒的な優位性を示すためには、リーンキャンバスの各項目を整理した後、さらに以下を深掘りする必要があります。

  • 自分たちの事業の強みはどこにあるのか
  • 想定する顧客や課題の中でも、特にその強みを活かせる領域はどこか。それに合わせて課題・顧客・提供価値を絞り込めているか
  • その領域における既存の競合はどこか。強みを活かして競合に対する圧倒的な優位性を確立できるのか

リーンキャンバスは事業アイデアを説明するためだけの資料ではなく、各項目を具体的に言語化するためのツールでもあります。
各項目を表面だけ埋めただけで満足せず、各項目が十分に具体化できているか、説得力のある根拠や仮説に基づいているかも確認しましょう。

7. 市場規模を概算し、ビジネスモデルやスキームから収益性を検討する

顧客や解決する課題、解決方法がリーンキャンバスの整理によってある程度固まれば、市場規模と収益性を検討します。市場規模や収益性の検討方法は以下の通りです。

  • 市場規模を検討する
    • レポートを活用する
      「顧客」と「課題」「解決策」を元に、デスクリサーチでキーワードを打ち込み、官公庁や業界団体、企業が公表している市場規模の調査レポートを探す
    • 算出する
      レポートが見つからない場合は、市場において商品やサービスを購入する消費者の数や平均単価などをもとに市場規模を算出する
      例)子供・高齢者向け屋外見守り・防犯関連サービスの市場規模:884億円

      • 顧客数:ニーズがある子供の数+ニーズがある高齢者の数
        • 「子供の防犯のために取り組みたいこと」
          GPSを使った所在地の確認:45.4%
          5歳~14歳人口(2021.9):約1,040万人
        • 「介護と仕事を両立する上であると良いもの」
          情報通信機器を活用した認知症の徘徊高齢者の探索システム:23.5%
          2020年の65歳以上の高齢者の認知症有病率は16.7%
          65歳以上人口(2021.9):約3,620万人
      • 単価:競合製品
        • ココセコム:年間14,400円
    • 収益性を検討する
      • ビジネスモデルやスキームを検討する
        • 誰から何をどうやってもらうか
        • 誰に何をどうやって渡すか
      • リーンキャンバスの「収益の流れ」と「コスト構造」を踏まえて、販売価格に対して、自社の取り分がいくらになるのかを検討する
        • 自社が顧客からお金を直接得る場合、原価や販管費を概算し、事業の収益性を算出する

コツ/注意点

とにかく「顧客」と「課題」を深堀りする

企画立案の段階でよくある失敗例として、解決策の内容だけが充実していたり、収支を精緻に出すことにこだわりすぎて時間を費やしてしまうことがあります。

解決策の仕様やその優位性の検討にばかり時間をかけてしまうと、実はとても市場が小さかったり、顧客が求めている要件に対して、オーバースペックだったことが後になって分かってしまいます。そのような事態になるのを防ぐため、課題を生じさせている構造や課題の大きさを理解することを優先しましょう。

事業アイデアやリーンキャンバスを誰かに説明する

企画立案の段階では事業アイデアやリーンキャンバスを一人で深掘りしていくことが多いですが、ずっと一人で考えていては発想に限界があります。
ある程度事業アイデアやリーンキャンバスの形がまとまったり、逆に考えが行き詰まったら誰かに説明してみましょう。
誰かに説明し相手の疑問点に答える中で解像度が高まり、漏れていた視点にも気づけます。

説明する相手はなるべく自分と違うタイプの人が望ましいですが、気軽に時間を取ってくれる人であれば誰でもよいです。
プロダクト開発面や営業面などで事業に関わってもらいたい人がいるのであれば、
この段階から事業構想を共有して共感を得られるとこの後のステージをスムーズに進められるでしょう。

チームビルディング

概要

事業企画を推進するチームに必要なスキルセットを整理し、チームビルディングしていくステップです。

事業化するプロジェクトには2つの共通点があります。1つ目は事業アイデア自体のクオリティです。2つ目は推進者の能力と熱意です。どちらか一方でも欠けると事業は失敗に終わってしまう可能性が高いです。ここでは推進者の能力と熱意に着目し、求められる要件の策定方法や注意点をご紹介します。

実施手順

1. 必要な役割を整理する

新規事業開発プロジェクトを推進する際に求められる役割の例を以下の表に整理しました。新規事業開発では少人数のメンバーで推進をすることが多く、プロダクトマネージャーがリサーチャーの役割も担ったり、非エンジニアがノーコードツールを活用し、プロトタイプを開発する等、役割横断的に推進するケースが多くあります。

新規事業開発はリスクを小さくすることが大切であり、他に活動予算を使うためにも、メンバーは必要最小限とし、積極的な役割横断をしましょう。

役割整理

役割整理

2. プロジェクト推進に求められるスキルを整理する

次に、前のアクティビティ「企画検討」の内容を踏まえて、プロジェクトを推進するうえで、必要なスキルを定義します。ただし、事業アイデアとは直接関係のないようなスキルを挙げる必要はありません。確認するスキルを検討するため、まずは観点の整理から着手すると良いでしょう。以下はスキルの観点例です。観点が整理できれば、具体的なスキルを挙げていきましょう。

  • 事業開発スキル
    • 事業企画スキル
    • 仮説検証/PDCA
    • マーケティング
    • 営業
    • プロダクト開発
    • プロジェクトマネジメント 等
  • ビジネス知識全般
    • 事業戦略策定
    • 会計
    • ファイナンス
    • 法務
    • 業種・業界知識
    • テクノロジー知識 等
  • ビジネススキル全般
    • 資料作成
    • プレゼンテーション
    • ファシリテーション 等
3. スキルをMUST要件/WANT要件に分ける

2で整理したスキルをプロジェクトの推進に「必須なもの(MUST要件)」と「あれば嬉しい(WANT要件)」スキルに分けることができます。
1で検討した役割毎に、そのスキルがMUST要件かWANT要件かを整理しましょう。
このとき、MUST要件に該当するスキルに漏れがないか、改めて確認します。

4. 評価の基準を策定する

スキル評価にむけて、評価基準を事前に検討しておきます。以下は評価基準の一例です。

評価基準

評価基準

5. 審査後、整理したスキル要件を元に、メンバーをアサインし、スキルマップの自己評価を行う

事業アイデアの検討が審査会で承認された後、整理したスキル要件を踏まえて、メンバーをアサインし、スキルの自己評価をします。

6. 人材が不足している場合はメンバーの追加を検討

推進に必須なスキルが不足している場合、メンバーを見直すか、不足しているスキルを持った追加のメンバーのアサインを検討します。
ただ、すでに述べている通り、本当にそのスキルが必要なのか、そのスキルを補う代替手段がないかどうかをしっかりと検討し判断しましょう。

  • MUST要件にも関わらず、評価が△以下であれば、メンバー変更検討
  • WANT要件が誰も満たせていない場合、メンバー追加検討

実際のメンバー追加に際しては企画審査のタイミングで不足ロール、スキルセットについて報告の上、
メンバーアサインの打診をして下さい。

以下の表はスキル評価のフォーマットの一例です。

フォーマット

フォーマット

コツ/注意点

メンバーは少数精鋭で奇数が望ましい

人数が多いとコストが増えてしまい、事業のリスクになりますし、意思決定が遅くなってしまいます。一方で、事業内容を検討する際に視野が狭くなり、独りよがりになってしまう可能性があるため、企画立案のステップ以外は、1人で推進するのは避けましょう。また、意思決定をスムーズに行うためには、チームメンバー数を奇数とし、どちらの意見の方が優勢かはっきりさせましょう。

コスト計画(SPFまで)

概要

SPFまでの活動に必要なコストを洗い出すステップです。

実施手順

1. SPFまでの活動内容を簡潔に整理する

ここまでのアクティビティ「企画検討」と、以下の図で記載している活動ステップ毎のゴールや検討事項を踏まえ、どのような活動をするのか簡潔に整理しましょう。

  • 調査:インタビューやアンケートの実施、業界レポートの入手等
  • 開発:プロトタイプやMVP開発、デザインの制作等
  • 広告:検証時に出稿する広告やデザインの制作等
  • 解析:商品・サービスへのアクセス解析やアンケートの分析

フォーマット例

フォーマット例

2. SPFまでの活動コストを計算する

1で整理した活動にかかるコストを算出します。検証方法等を具体化することで、コストを計算しやすくなります。コストを試算するうえで、押さえておきたい観点は以下の通りです。

  • 調査
    • 対象者
    • 人数
    • 回数
    • 調査方法
    • 活用するサービスや製品
  • 開発
    • 開発・デザインするもの
    • 活用するサービスや製品
  • 広告
    • 広告期間
    • 広告の種類
    • デザインするもの
    • 目標CVから逆算した費用
  • 解析
    • 活用するサービスや製品
    • 実施期間

外部サービスや製品を活用する場合、サービスページの料金体系を確認したり、問い合わせすることで料金を調べましょう。

システム開発やデザイン制作、その他自社で工数を投入して活動を進める場合、「チームビルディング」で検討したメンバーの特性/スキルと工数を踏まえて、人件費を概算することでコストを割り出しましょう。

下記にコスト計画のフォーマット例を記載しているので、参考にしてください。

フォーマット例

フォーマット例

コツ/注意点

コストを考えること自体に意味がある

企画立案の段階で、活動コストを検討し決裁者の承認を得ておくことで、活動の途中でプロジェクトが予算上の理由で頓挫してしまうリスクを下げることができます。
また、コストを下げる打ち手(既存プロダクトと組み合わせる等)を考えることで、優先して検証すべきポイントの整理につながります。

正確さを求めすぎない

企画立案の段階では、活用するツールなども定まっておらず、活動を進めていくうちに変更することが多々あります。既に述べた通り、初期段階で活動コストを検討すること自体に意味があるため、大きな費用に抜け漏れがないかに注意し、スピード重視でコスト計画を作成しましょう。