はじめに

社会課題の複雑化、国内市場の成熟、事業ライフサイクル短期化を背景に、急速に進展するデジタル社会に対応するため、各社はこれまで以上のスピードで変化していく必要性に迫られています。
このような状況下で、自社単独、あるいは大企業同士や大企業とスタートアップ企業で新規事業開発を検討する企業が増えています。

以下、新規事業開発アプローチの6パターンより引用1します。

最適な新規事業開発の
アプローチ検討の指針
新規事業の目線/定義
内部の経営資源の転用・拡張で優位性を構築
(クローズドイノベーション)
外部の経営資源との融合で優位性を構築
(オープンイノベーション)
顕在需要/
短期対応
(現在/顧客起点)
潜在需要/
中長期対応
(未来/社会起点)
顕在需要/
短期対応
(現在/顧客起点)
潜在需要/
中長期対応
(未来/社会起点)
目的/
意義
事業成果のみ
を追求
(プロジェクト型)
ボトムアップ型
新規事業開発
トップダウン型
新規事業開発や
カーブアウトなど
M&A/
マジョリティ投資など
マイノリティ投資や
CVC/JV/提携
など
事業成果

組織/人材の強化や育成
(プログラム型)
新規事業プログラム/社内ベンチャー制度や
社内ビジネスコンテストなど
アクセラレーションプログラムや
ピッチイベント/アイデアソン/ハッカソン
など

新規事業開発は、本質的に不確実性と不透明性に満ちており、高速で仮説検証サイクルを繰り返しながら「学び」の量を最大化していくことが必要です。
このため、計画性と予測可能性が重視される大規模開発とは、全く異なるプロセスが求められます。

一方でそのプロセスについては、現時点でほとんど言語化がされていませんでした。
結果としてこれまでの新規事業開発の関係者は、誰もが悩み試行錯誤を繰り返しながら、毎回1からノウハウを積み重ねざるを得ない状態でした。また、誰が何をするのかといった相互理解すら得にくかったのが実態です。
そのような状況を打破すべく、新規事業開発のノウハウを得られる「知の高速道路」2を整備したいという思いで、本書を作成しました。

もちろん、現時点でこの本書の内容は「最適」ではないかもしれませんし、未実践のものも含まれています。
しかしここで記述したことを自分たちで実践・改善しながら、新規事業開発のベストプラクティスを本書へ逐次反映していきます。

対象読者

本書は、新規事業開発に携わる方を対象としています。

特に、これまでいわゆるSI、受託開発を行って来た方にとって、新規事業開発はかなり異質に見える部分が多く、戸惑う部分が多いはずです。
本書では既に記載の通り、読者の方が我々の感じた戸惑いや悩みをスキップし、高速に新規事業開発のノウハウと相互理解を獲得していただくことを目指しています。

本書の読み方

新規事業開発は、事業アイデアそのものの企画立案からサービスを開発し事業を成長させていくまで、様々なことを考慮していかなければなりません。
結果として新規事業開発のプロセスをまとめていくと、その内容は膨大になってしまいます。

これから新規事業開発に取り組む方が最初から長大な内容に向き合うのではなく、まずはそのエッセンスを押さえていただくことを目的にしたのが本章です。
スライド形式で簡単にまとめていますので、新規事業開発の進め方の重要な点をご理解いただけると思います。
詳細については、個別の記事でさらに詳しく解説しています。
はじめに、本書を一読して概要を理解して頂き、その上で「もっと知りたい」ポイントがあれば個別の記事で内容を深堀りしていくとよいでしょう。

「事業の成功」「事業の成長」を実現するためには、事業オーナーが「事業の想い」をいわゆる5W1Hの言語化、ロードマップとビジョンの作成、目的達成のための計画を立案する必要があります。 プロダクトオーナーは、その「目的達成のための計画立案」をプロダクト開発という手段を用いて目的を達成するために事業オーナーと密な連携を取りながら推進します。

また、新規事業開発には、顧客が抱えているであろう課題や市場の状態、開発にあたっての技術課題など多くの「不確実性」が内在しています。 そして、事業開発の進行とともに不確実性の根ざす場所が変化していきます。 この不確実性をどう削いでいくかが、新規事業開発における重要な戦略になります。

また、新規事業開発には、顧客が抱えているであろう課題や市場の状態、開発にあたっての技術課題など多くの「不確実性」が内在しています。
そして、事業開発の進行とともに不確実性の根ざす場所が変化していきます。
この不確実性をどう削いでいくかが、新規事業開発における重要な戦略になります。

新規事業開発の全ての基本

新規事業開発の進め方

一般に、新規事業開発は多産多死が不可避になります。それは、事業が対象とした市場や課題設定、収益の観点など様々な視点によりふるいにかけられていくからです。
そして不確実性の観点が変わっていくという新規事業開発に対し、我々が使っているプロセスが「ステージ・ゲートプロセス」です。

ステージ・ゲートプロセス
ステージ・ゲートプロセス

ステージ・ゲートプロセスは大きく2つに分かれており、前半では事業仮説を構成する「顧客」「課題」「ソリューション」の探索・検証し、それらが検証された後半では事業の早期ローンチと改善・改良による収益化を目指します。

ステージ・ゲートプロセスの2つの世界

新規事業開発の考え方やステージ・ゲートプロセスの詳細について更に詳しく知りたい方は、以下の記事をご参照ください。

事業の探索と検証

事業仮説は「顧客」「課題」「ソリューション」で構成されます。
それらは以下の前半の3ステージで仮説として組み立てられ、検証されます。

  • 事業アイデアの骨子を決めるのが「企画立案」ステージ
  • 「顧客」が本当に「課題」を持っているかを検証するのが「課題検証」ステージ
  • 課題に対する「ソリューション」が適切かを検証するのが「ソリューション検証」ステージ

企画立案ステージ
課題検証ステージ
ソリューション検証ステージ

ソリューション検証ステージでは、収益性分析の一環として、LTV > CACの関係が成立するかを確認しましょう。
この関係を成立させることが、事業をスケールさせるための必要条件にもなります。

収益性分析

そして、ソリューションが実際に課題を解決でき、顧客がお金を支払ってくれそうかを検証するのが「概念実証」ステージです。
概念実証ステージでは、具体的な仮説を決め、仮説を検証するためのMVPを作り、結果を整理することを繰り返します。

多くの場合、仮説は外れます。外れる可能性が高いからこそ検証が必要です。
したがって、具体的な仮説を立案し検証するサイクルをいかに多く回せるかが鍵になります。

概念実証ステージ
概念実証ステージ
概念実証ステージ

各ステージの詳細については、以下の記事をご参照ください。

ローンチとユニットエコノミクスの健全化

事業仮説が十分検証できたら、いよいよ本格的なサービス開発に向けて事業計画を作ります。
この事業計画を作り上げる過程では事業概要やロードマップ、収支計画が必要になり、
それらを作り上げるには事業の解像度を高めなければなりません。

サービスの解像度を高めるのは、事業オーナーやエンジニア、デザイナーの共同作業です。

事業の解像度向上と相互理解を深めるために、ユーザーストーリーマッピング、画面遷移図や概念データモデル等を作成していきましょう。

事業計画立案

事業計画立案

事業計画立案
事業計画立案
これらの内容について検討する過程で、答えに迷ったり腑に落ちなかった場合は、事業の解像度が足りないことを意味します。
そのまま先送りすることはせず、立ち止まって解像度を上げていきましょう。

事業の解像度が上がれば、事業価値を提供するのに必要なアーキテクチャや、どのように実現していくかという方式を見定めます。
技術的な不確実性の多くは、アーキテクチャあるいは方式レベルでの実現手段を検討する過程で解消していくことが多いです。
また、これらの方向性が定まれば、見積の精度も向上するでしょう。

一方で不確実性が残存することは不可避なので、結果としてコストやスケジュールには幅が出ることは関係者にも明示的に伝えておくべきでしょう。

事業計画立案

事業計画立案

事業計画立案

事業計画立案が終われば、いよいよ「事業化準備」ステージに入り、サービスの本格的な開発も始まります。
個々人が自律的に動き、実現手段の不確実性を下げていかねばなりません。そのためには、Empowermentが重要です。
事業のビジョンを共有し、事業開発に携わる個々人が自分ごととして事業の成功に邁進できる状態を作りましょう。

事業化準備

事業開発の過程で不確実性は下がっていきますが、「見えなかったものが見えるようになること」は事業開発上の変化をもたらします。この「変化に適応」するために、スクラムの採用を推奨します。

単にスクラムイベントをこなすだけではなく、透明性・検査・適応という3本柱や、それをチーム内に浸透させるためのコミュニケーションを強く意識してください。

事業化準備

スクラムにおいても全体計画は必要です。
特に「早期に不確実性を下げる」ための戦略、品質を担保する戦略は、全体計画の中で検討してください。

事業化準備

開発の中で、見落とされがちなのがドキュメントです。大量のドキュメントを作成する必要はありませんが、チームで開発するにあたり必要なドキュメントは作成しなければなりません。
また、チームとして何を目指し何を作っているのかという共通理解のため、そして「事業を成長」させるためにも、ドキュメントを継続的に更新し続けることは「必須」です。

一方で、掛け声だけで遵守はされません。ドキュメント更新も開発プロセスの中に定義し、皆が当たり前にドキュメントを更新できる状況を作りましょう。

事業化準備

サービスをリリースした後は、「事業性確認・事業性拡大」ステージへと続きます。
一方で、我々はまだこれらのステージのエッセンスを記述できるだけのノウハウを蓄積できていません。
以降についてはノウハウを獲得次第、記述していく予定です。

各ステージの詳細については、以下の記事をご参照ください。


  1. 北嶋貴朗、『イノベーションの再現性を高める 新規事業開発マネジメント 不確実性をコントロールする戦略・組織・実行』、日経BP、2021。↩︎
  2. 梅田望夫、『ウェブ進化論』、筑摩書房、2006。↩︎